指定区分
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市指定文化財(建造物)
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指定年月日
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昭和52年3月24日
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所在地
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森添島地内
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管理者
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観音院
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時代・時期
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江戸時代
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員数
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1棟
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観音院は別名律院ともいわれ、庶民の墓所は持たない全国に数少ない戒律の厳しい寺院です。天台宗安楽律院の支院で、宝暦元年(1751)管領宮公遵親王より「観世音」の三字額が下賜され祈願寺となりました。
本堂は、文化年間(1804~1817)火災のため焼失しましたが、文久2年(1862)当時井沼村を支配していた旗本鵜殿氏の命で、住職妙運和尚が再建しました。現在の建物は、三間四方総欅方形造(ほうぎょうづくり)で蟇股(かえるまた)に十二支の彫刻を配し、内陣正面の欄間には花鳥風月の彫刻もあり簡素ながら趣があり、天井も格天井造で小規模ながら祈願寺の格式があります。