木造毘沙門天立像(附胎内奉納経)(もくぞうびしゃもんてんりゅうぞう つけたりたいないほうのうきょう)
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施無畏山延命院(せむいざんえんめいいん)観音寺の本尊である延命観音の右脇侍(みぎきょうじ)として、安置されています。 木造寄木造りで古色塗り、一部漆箔・彩色、玉眼(ぎょくがん)で、右手に三叉戟(さんさげき)、左手に宝塔(ほうとう)を持ち、煩悩の象徴である邪鬼を踏みつける姿で立ちます。 服制表現は、鎌倉時代に慶派仏師により製作された天部像のものと共通しており、加えて均整がとれたプロポーションと張りのある体躯表現から、鎌倉時代の作でも13世紀中頃のものと考えられます。 観音寺は源頼朝による奥州征伐の際、伊達氏の祖である中村常陸介が当寺に武運を祈願したと伝わっており、本像は源頼朝とその家臣周辺で重用された慶派仏師の作と考えられ、観音寺および周辺地域と鎌倉幕府の繋がりを考察するうえで重要な資料です。 附指定(つけたりしてい)の胎内奉納経は法華経八巻で、天文五年 |
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- 2024年8月7日
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