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筑西市役所の部長や課長が、担当業務や行政情報など、市の魅力を発信するページです。
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2020年3月11日 文化課長 小林 均のブログ

こんにちは、教育委員会文化課の小林です。

私の所属する文化課では、文化財の保存活用や芸術文化の振興など、市の文化行政を担っています。

令和元年度は、二宮尊徳ゆかりの市町村が一堂に集う「全国報徳サミット筑西市大会」を、明野公民館で開催しました。平成19年の筑西市大会以来2度目、実に12年ぶりのことでした。

『報徳サミット筑西市大会総会』の画像

【令和元年11月8日 報徳研究市町村協議会総会】

『中桐万里子氏基調講演』の画像

【11月9日 報徳サミット 中桐万里子先生による基調講演】

サミットの基調講演は、中桐万里子先生にお引き受けいただきました。中桐さんは、尊徳7代目子孫で、親子をつなぐ学びのスペース「リレイト」代表のほか、関西学院大学講師、国際二宮尊徳思想学会常務理事、二宮金次郎基金名誉顧問などを務めていらっしゃいます。

当日は他にも、五所小学校の児童による学習発表やサミット参加市町の首長などによるパネルディスカッションが行われ、1,000人を超える方にご参加いただきました。

多くの皆様のご協力でサミットを成功のうちに終えることができましたことに、深く感謝いたします。

また、文化課では新治廃寺跡保存活用計画策定や板谷波山記念館整備基本構想・基本計画策定などの事務も担当しています。みなさまのご理解ご協力のもと、進めていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。

 

さて個人的な趣味について少しお話します。ギターや写真、歴史などなど、広く浅くひっそりと楽しんでいたのですが、最近はなかなか時間が作れずにいます。

そのような中で先日、子どもが通う保育園でのことです。保護者が先生役になって一緒に過ごす時間があり、ギターを持ち込んで、子どもたちと一緒に歌を歌いました。曲は前日懸命に練習した「パプリカ」です。良い思い出になりました。

 

そしてもうひとつ、せっかく文化課に在籍させていただいているので、歴史の話を。

ご存じの方も多いかと思いますが、ここ筑西は、伊達氏ゆかりの地です。

『行朝廟』の画像

【筑西市指定文化財(史跡)伊達行朝廟 管理者:観音寺】

平安時代末期に常陸入道念西(別名を常陸介藤時長、伊達蔵人藤原頼宗)という人物がいました。伊達家の家譜では伊達朝宗とされていて、源頼朝に近い存在だったようです。娘の大進局が頼朝との間に、貞暁という庶子を生んでいます。貞暁は後に出家して高野山に入り、鎌倉法印と呼ばれます。

念西は、文治5年(1189)の頼朝による奥州合戦で子息の為宗(常陸冠者為宗、伊佐為宗)など四兄弟が功をたてたことから伊達郡を拝領、関東から伊達郡に移り、伊達氏の祖となりました。

その念西の関東の所領がここ筑西市にあった伊佐郡(新治郡が分割され生まれた西郡北条)で、念西は、長子の為宗を伊佐郡に残し、次郎為重などとともに伊達郡へと移ったとされています。

伊佐氏と伊達氏については、御家人として鎌倉殿に仕えた記録が、幕府の動静を記した「吾妻鏡」などに残されています。ただし、長子の為宗が継いだ伊佐氏は早くに没落し、命脈を保った伊達氏が後の仙台藩伊達家へと繋がりました。

永正11年(1514)成立とされる「奥州余目記録(余目旧記)」にはこう記されています。

「伊達ハ関東伊佐より文治五年つちのとのとりニ被下候(くだされそうろう)」

「伊達氏」という名の発祥の地が伊達郡であることに間違いありませんが、ここ筑西(伊佐郡)も「伊達氏の源流の地」なのです。

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このページに関するお問い合わせは文化課です。

〒308-8616 筑西市丙360番地 本庁舎3階 

電話番号:0296-22-0183

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