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旧尾見家住宅(きゅうおみけじゅうたく)

  『旧尾見家 主屋』の画像  

  『旧尾見家 神輿蔵』の画像    『旧尾見家 藥医門』の画像       

                                

指定区分
国登録有形文化財
登録年月日
平成28年11月29日
所在地
村田地内
時代・時期
江戸時代末期ほか
員数
3棟

尾見家は、江戸時代を通して名主をつとめ、苗字帯刀を許された地域を代表する名家です。明治15年(1882)には北白川宮様がご休息場所に、昭和8年(1933)には閑院宮春仁王殿下がご宿泊されました。また、明治25年(1892)発行の『大日本博覧図』にも掲載された素封家です。この当時、主屋の東側には醤油業を営んでいた建物群、主屋の西側には文庫蔵、味噌蔵、土蔵、収納屋・漬物部屋、南西側には神輿蔵、南側には薬医門、土蔵、牡丹園などがあったことを知ることができます。

主屋(木造平屋建、約401m2、江戸時代末期の建造物)

主屋は、木造平屋建、寄棟造り桟瓦葺の建物で、桁行31m、梁間23mを測るL字形の長大な建物で、嘉永元年(1848)に建立されたことが記録からわかります。式台玄関部分は、入母屋とし、破風には妻飾りの彫刻、棟熨斗部分には、色漆喰を用いた鏝絵が施されています。平面は3列7室と入側畳が回る形式とし、土間には井戸・カマドが備わり湯殿も設けられています。住宅としての規模が大きく、江戸時代の豪農の生活を知る上でも貴重な建物です。

薬医門(木造平屋建、4.5m2、明治時代中期の建造物)

薬医門は、主屋を正面に見据える南側に位置し、間口2.5m、屋根を茅葺きとします。門扉の板戸を含め全体に簡素な造りで、金物や彫刻などの装飾もなく、天井も張られていません。個人宅の門として、風情のある佇まいを有する門として希少性があります。

神輿蔵(木造平屋建、9.9m2、昭和前期の建造物)

神輿蔵は、木造平屋建、入母屋の桟瓦葺の建物で、主屋の南西に位置し、東面して建てられています。正面の観音扉には鱗文様、両側壁の銅板には亀甲文様が施され、正面以外の板金部は腰を石目調仕上げとするなど外壁の板金の装飾加工に昭和前期の建築に見られる手法が用いられています。神輿蔵の名前の由来は、建物内に尾見家所有の神輿がおさめられていることからきています。

 

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